あの日のことばを探し続ける

あの日こころを動かした、拾ったきりの思い出、忘れられない誰かのことば、感じたままに、綴ります。

ITなんて、クソくらえ。

ITという言葉がこの世に登場したのは、もう何十年も前だろうか。
ポケベルという機械が登場し、誰かからのメッセージに心を躍らせる。
返事をしたくて、僕らは公衆電話に走った。

PHSが僕らをつないだ日。
どこにいても電話ができるこの機械で、僕らは会話することを楽しんだ。

携帯電話、パカパカ。16和音着信音に感動し、ひた流し続けた放課後の教室。
Windows95が登場し、僕らの生活を変えていった。


ITは、いつだって僕らの側にいた。

鉛筆を持たなくても文字が打て、電卓を使わなくても計算できる。
手紙を待たずとも遠く離れたあの人とメールがやりとりできて、百科事典がなくとも必要な情報はインターネットでいつでも調べることができる。
絵も描けるし、どんなゲームも楽しめてしまう。

それはいつの間にか僕らの中に溶け込んできて、いつの間にかそれに頼りきってきた。
依存症や中毒といったことばがあふれ、それはまるでたばこやお酒のように、害に扱われることもあった。


ITは、どこまでも僕らを便利にする。

声をかければ勝手に電気が点灯し、現金いらずのカードで電車を乗り回せる。
買い物だってワンクリック。
好きな時に好きな動画を見て、好きな人と好きなように会話ができる。
それが全部この四角いメカで持ち歩けて、いつでもどこにいても、全部無料でなんでもできる。


これが、ITの望む未来か。

面倒な家事はロボットが自動でこなしてくれて、自動で操縦された車が自在に街を駆け巡る。
遠隔操作で作業してくれたロボットは勝手に最適化を進め、何も言わずとも僕らの手間を省いてくれる。
脳内の気持ちは声に出さずとも読み解かれ、言語を超えて最適化された信号で意思疎通が行われる。好きか嫌いか、探る必要なんてどこにもない。
合理的な知能が、僕らの本能を駆逐していく。


もう僕らは、ITの支配から逃れることはできない。
感情すら、こいつらに支配されようとしている。


最近、笑ってないな。
そう思うと、僕の好きな番組が目の前のエアディスプレイに表れた。
おすすめの動画を勝手に探し出し、勝手に再生してくれる。
そうそう、こういう笑いが欲しいんだ。

彼女ほしいな。
そう思うと、位置情報と趣味嗜好からマッチングされた子とバーチャル空間でのビデオチャットが始まった。
意気投合してご飯に行って、すぐに僕らは付き合うことになった。
そうそう、欲しいものはすぐに手に入れたいんだ。


でも、出会いが一瞬ならば、別れだってきっと一瞬。
僕らをささっと引き剥がすにはじゅうぶんすぎるほど、小さくなった想い出たち。

本当は、ただ笑いたいんじゃない。
誰かと一緒に、笑いを共有したいんだ。

本当は、ただ彼女が欲しいんじゃない。
誰かと一緒に、人生を積み重ねたいんだ。


“やっぱり、信用できない”
相手のことを知ろうとすれば知るほど、それに頼ろうとする。
感情のすれ違いは、スタンプじゃ誤魔化せない。
心の疑いは、アクセス履歴が全部知っている。

すぐに写真をチェックして、すぐに履歴を追って、すぐに電話して、すぐに会って。そして、すぐに縁を切って。

僕らは、気づいたらたった数日で別れていた。


それはきっと、楽しさと引き換えに、うすっぺらいだけの満足で人を騙し続けるような奴らだ。
それはきっと、便利さと引き換えに、うすっぺらいだけの関係で人を慰め続けるような奴らだ。


ITなんて、くそくらえ。