あの日のことばを探し続ける

あの日こころを動かした、拾ったきりの思い出、忘れられない誰かのことば、感じたままに、綴ります。

この世から、スマートフォンが消える日 (2/2)

家を出る時に戸締りをして、部屋の鍵を閉める。
「クーラーがつきっぱなしです。消しますか?」

時計に表示されるアラート。おっと、うっかりしていた。
ボタン一つで外からクーラーの電源を消す。

「戸締りは全て完了しました」のメッセージが浮かび上がり、安心してエレベーターに乗る。

「今日の東京は、一日晴れるでしょう」
そんな天気予報を横目にしながら、一日の予定を頭に巡らす。

静かな通りを少し歩くと、いつもの最寄駅。
時計をサッとかざして改札を通ると「次の電車は3分後です」との表示。ちょうどいい。ちょっと売店で水を買っていこう。
もちろん現金なんて持っていなくて、モバイル決済で完了だ。

自販機の前を通ると「今のあなたへのおすすめはレッドブルです」などと表示されるが、余計なお世話だ。確かに昨日、ちょっと夜更かししてしまった。なんで自販機が知ってるんだ。


今日は新宿に買い物へ。やはり、こだわりの服は店で自分の目で確かめてから買いたい。
店頭で渡されたメガネをかけると、もうそこはバーチャルの世界。
良さそうな服がある。目を向けると、目の前にはその服を着た自分の姿がバーチャルに浮かび上がる。よし、サイズや色は良さそうだ。

上下のバランスも考えなきゃ、彼女に笑われてしまう。
よく持ってるベージュのチノパンっと...

バーチャルの自分が、チノパンに履き替えた。ちょっと色合いが悪そうだ。
そしたら、白のパンツのほうがいいかな...

目の前の自分は、早着替え選手権よろしくすぐに衣装替えをする。
よし、これならセンス良さそうだ。これにしよう。

「これにします。」
ボタンを押すと、決済も配送手続きも完了。これで手ぶらで他のショッピングも楽しめる。


約束までまだ時間があるから、本屋に寄り道していこう。
電子書籍よりも、やっぱり紙の本でじっくり読みたい。買う前に、立ち読みもしたいし。

少し店内をふらつくと、面白そうな本が見つかる。
よし、これはもうちょっと読んでみたい。買って帰ろう。

しかし、店内にはどれも一冊ずつしか本が置いていない。

「本についたチップに時計をかざしてください」
店員が声をかけてくれた。
自分の時計をかざすと、なんとAmazonにつながった。そうか。ここから買えば、あとは家に届けてくれるのか。

他にも面白そうな本があるかもしれない...


「待ち合わせまで、あと10分です。ナビを開始しますか?」
時間を知らせる時計の表示。いけない、すっかり夢中になってしまった。もう行かなくちゃ。
ちなみに、ナビなんていらないよ。東京に住んで20年だぞ。

今日は遅くなりそうだ。
帰ってからすぐに寝つけるように、帰る10分前にクーラーが入るように予約設定しておこう。



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僕らはきっと、手ぶらでもっと気軽に街を歩けるようになるはずだ。
いずれは時計を付けなくたって、体内に埋め込まれたAIチップが全てを解決してくれるのかもしれない。

そして、AIロボットと会話が出来るようになっている。


倫理的にどうだろう。道徳的にどうだろう。
少し時代が生き急ぐと、そんな声が聞こえてくる。

でも、倫理と道徳なんてものは、いつだって時代が決めること。
戦争時代が人殺しを正当化し、高度成長時代が過剰労働を正当化してきた。

僕らは便利さと引き換えに、無駄なものを代償にしなければいけない。
その一番無駄なものが、人間の感情だったとしたら。
そして、感情の思考回路をAIチップが遮断するとしたら。


あの日、僕らの手からポケベルが消えて行ったように、
やがてこのスマートフォンだって、このスマートウォッチだって、きっと消えていく日がくる。

そしてやがて、100年後くらいには、"人間" から感情が消えていく日が、くるのだろうか。


そんなことないか。